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96件の議事録が該当しました。

該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

1993-10-19 第128回国会 参議院 外務委員会 第1号

ところが、今度新労働大臣単純労働者もある程度入れなきゃいけないんじゃないかというようなことをたしか組閣早々に言われて、後で多少修正発言をされたと思いますけれども、いずれにしても、これは私は、国際友好だからまず入れろということではなくて、入れた後で問題が起こるよりはまず最初にきちっとしておくということが必要だと思いますので、ぜひよろしくお願いを申し上げたいと思います。  

大木浩

1983-04-19 第98回国会 参議院 外務委員会 第7号

そういう立場に立って歴代の総理大臣もまずASEANを組閣早々歴訪するということでいろいろとその間に約束もいたしております。相互信頼も進んでおります。そしてその約束はプロジェクトという形でそれぞれ育っておりまして、この点については東南アジア諸国日本のそうした努力を非常に評価しておると言っても過言でないと思うわけでございます。

安倍晋太郎

1983-01-28 第98回国会 衆議院 本会議 第4号

ところが、中曽根内閣は、国民のこの強い要求にもかかわらず、昨年十二月、組閣早々ということでありますが、国連総会で、核兵器使用禁止決議が百十七カ国の圧倒的多数で可決をされたにもかかわらず、アジアではただひとり、日本政府だけがこれに賛成をせず、棄権したのでありますが、事は重大であります。まさに許せぬ態度と言うべきであります。  

金子満広

1982-12-15 第97回国会 衆議院 予算委員会 第3号

内閣になりましてから、組閣早々国会が開かれたり、いろいろ繁忙なことがございまして、その点につきまして必ずしも十分でないことであったということも反省しておりますが、事態こういう状態でございますので、まことに申しわけない状態ではございますが、事情を御了承を願いたいと思う次第でございます。  具体的な点につきましては、竹下大蔵大臣から御答弁申し上げます。

中曽根康弘

1982-12-13 第97回国会 衆議院 予算委員会 第1号

総理は就任以来、先ほど申しましたように、前内閣方針を受け継いで、再三にわたって行政改革を強力に推進する旨を明らかにされ、組閣早々も土光さんたちと直接お会いになっておるところでございます。  しかし、現下の内外経済情勢が厳しくて、行政改革よりも景気対策を優先させよというような声も一部にございます。

原田憲

1979-12-03 第90回国会 衆議院 予算委員会 第1号

したがいまして、政府はその施策を始めるに当たりまして、政策以前の問題として、綱紀の粛正の問題、行政簡素化の問題をとりわけ重大と心得まして、まず政府自体がそれに取り組む姿勢を確立しなければならないと存じまして、組閣早々各閣僚に具体的な指示をいたしますと同時に、各省庁におきまして、これを受けて実施の細目を決めて実行に移しておるところでございます。

大平正芳

1979-05-22 第87回国会 衆議院 内閣委員会 第12号

金井国務大臣 大平内閣が昨年の十二月に発足をいたしまして、一月のたしか十六日だったと思いますけれども、閣議了解をもちまして行政の簡素、効率化についての決定をいたしたわけでございますが、組閣早々でありますし、しかも一昨年の十二月に福田内閣行政改革についてかなり広範にわたる閣議決定をいたしております。

金井元彦

1979-02-22 第87回国会 衆議院 決算委員会 第2号

ただ、組閣早々非常に目に立つ大きなことにすぐ取り組むかということについては、これはやはり若干の時間を要し、かつ取り上げて実行がうまくいかないということは非常にまずいことでございますので、まず実質本位のことをやろうということで、一月十六日のあの閣議了解というものは実質本位ということで、いろんな面にわたりましてあの閣議了解というものを決めまして、その線で一昨年末の閣議決定にさらにプラスをして継続してやっていくということにいたした

金井元彦

1979-01-25 第87回国会 参議院 本会議 第3号

国務大臣大平正芳君) 私は、さきに、国会において内閣首班に選ばれ、組閣早々来年度予算編成を了し、ここに第八十七回国会を迎えました。この機会に、施政全般にわたっての私の所信を申し上げ、国民各位の御批判と御理解を得たいと思います。  まず、私の時代認識政治姿勢について申し上げます。  戦後三十余年、わが国は、経済的豊かさを求めて、わき目も振らず邁進し、顕著な成果をおさめてまいりました。

大平正芳

1979-01-25 第87回国会 衆議院 本会議 第2号

内閣総理大臣大平正芳君) 私は、さきに、国会において内閣首班に選ばれ、組閣早々来年度予算編成を了し、ここに第八十七回国会を迎えました。この機会に、施政全般にわたっての私の所信を申し上げ、国民各位の御批判と御理解を得たいと思います。  まず、私の時代認識政治姿勢について申し上げます。  戦後三十余年、わが国は、経済的豊かさを求めて、わき目も振らず邁進し、顕著な成果をおさめてまいりました。

大平正芳

1977-04-02 第80回国会 参議院 予算委員会 第11号

でありまするからゆえに、私は組閣早々五十二年という年はこれは経済の年だとまで言っているのはそこに着眼を置いておるわけなんです。ただ、中村さんが非常に暗い面ばかりをおっしゃいますが、いま世界じゅうが暗いんです。その世界じゅう真っ暗の中でわが日本は、まあほのぼのとではありまするけれども明るい方なんです。

福田赳夫

1977-02-19 第80回国会 衆議院 予算委員会 第11号

でありまするから、異例のことでありまするけれども、組閣早々もうあらゆるものに先駆けてと申しますか、野党五党首と会談をする、そしてお話を承りました。  私は、減税論につきましては、政治家として減税というようなものをしてみたいという感じはあるのです。しかし、国家、国民の将来のことを考えると、果たしてこの際減税をするのがいいのか。

福田赳夫

1976-07-28 第77回国会 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第18号

であったわけでございまして、金脈問題というものの、私が内閣首班として国政に対して責任を持つようになったことは、金権政治を打破しなければならぬということが私の出発点であって、金脈問題は法律に照らして追及するものは追及するということで、この金権政治打破ということが三木内閣出発点であったわけでございますから、いま最初にも申したように、公職選挙法改正であるとか政治資金規正法であるとか、総裁公選規程というものに対して私が組閣早々

三木武夫

1973-12-12 第72回国会 参議院 予算委員会 第3号

上田哲君 お認めいただいたから、そこは差し違えますけれども――差し違えますけれども、鉄鋼の春闘の一番バッターのためだったなんていう話は、これはもう全然受け取れないところでありまして、総理組閣早々やっぱり国際収支が一番頭にあったわけですから、解散はどうしても避けたい、まずどうしても円の再切り上げに対するしっかりした施策をとりたいということをしきりに言われておった。

上田哲

1973-12-06 第72回国会 衆議院 予算委員会 第2号

だから私は、そのことを組閣早々の佐藤さんにお尋ねをした。あなたはこう言っておられるが、ほんとうに安定成長をやりますかと言ったら、やります。それはいつごろまでにできますかと言ったら、ことしの——その当時のですね、ことしの秋くらいまでにはそれをやりますと言ったんですよ。そのときの参謀はたしかあなたなんです。私は予算委員をたびたびやっておりますから、ずっとそれ以来のあなた方のおやりになることを見てきた。

辻原弘市